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すー日記別館: 読書記録 乱読の記録です。

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『富士に死す』新田次郎


富士に死す』新田次郎

霊峰富士に対する民間信仰は古くからあるが、急速に大衆化したのは、「富士講」のはじまった天正年間である。しかし、大衆化は同時に信仰の俗化、形骸化を招いていった。富士講の荒廃に反発する行者・月行に見出され、後に富士講中興の祖と称された身禄のきわめて感動的な波瀾の一代を描ききった長篇歴史小説。 (文庫裏の解説)

富士講300年。霊峰富士への日本人の思いを描く―
「富士山もの」の掉尾を飾る傑作。享保十八年、吉田口の岩穴で入定した行者・身禄の感動的な生涯を通じ、富士への想いを描いた長篇歴史小説。(Amazonの商品説明)


いやあ、面白かったです!!

富士山信仰の話であり、それに身を捧げた人の一生の物語なんですが、
何かこう、「生き方」というか「在り方」みたいなものを考えさせられました。
「運命」とか。


富士山信仰があるということは何となく知っていたし
信仰の対象になるのも 何となく分かる、と思って生きてきましたが
新興宗教として、一時は かなりの勢いがあったんですね。

ところで、子供の頃、山中湖に行く機会が多く、
行き帰りに富士吉田の浅間神社に寄っていたと思うんですが、
本作の最後のほうで「清光が残したきらびやかな吉田浅間神社」と
描写されているのは あれのことなのかしら…


御師=富士信仰において特に発展した名称で、神職と宿坊を兼業している者。
浅間神社の神主に隷属して神祇(じんぎ)を行う者であったが、
室町時代のころから宿坊をも兼ねるようになった。

その御師の田辺伊賀。
田辺十郞右衛門

初代・角行→2代目・日行(日旺)→三代目・旺心→四世・月旺(げつがん)
→五世・月心→6世・村上光清…
→五世・月行→6世・食行身禄(油屋身禄)・乞食身禄→7世・お万(身禄の次女)/一行お花(四女)…


あとがきにありましたが、著者の新田次郎さんは、
昭和7年~12年、富士山頂観測所に勤務なさっていたそうです。

そうなんだ! 

現在、観測所は閉鎖され、富士山レーダーは富士吉田に置いてありますよね。
(富士吉田の「道の駅」の近く)。眺めるだけで行ったことないんですが、
機会があったら行ってみましょうか…

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