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すー日記別館: 読書記録 乱読の記録です。

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『ふたりであること―評伝 カミーユ・クローデル』米倉 守


ふたりであること―評伝 カミーユ・クローデル』米倉 守

彫刻への愛、彫刻家への愛がひとつになって、カミーユとロダンは固く結ばれた。
強い愛情を貫いた炎の女性、カミーユ・クローデルの人生と、その才能ゆえに
傷ついた心をたどる。(Amazonの商品説明より)

ロダンの才能と名声、
カミーユの才能と影響。

ロダンの優柔不断が憎たらしいですね。
元々の愛人、ローズもかわいそう…
(↑変な言い方ですが、長らくの恋人で子供もいたけれど
死の直前まで正式に籍を入れてもらえなかった女性)。


ロダンの代表作がほぼ全て、カミーユがいた時代に作られたもので
作品の製作も共同作業に近かったというの、けっこう驚きでした。

本作の筆者の言葉に、「この旅でカミーユをみつめての結論は、
カミーユは創造し、生み続け、ロダンは制作、構成したのではないか、
という大胆な思いである」というものがありました。(「」内引用です)。

だとしたら、カミーユが「盗まれる」と思うようになったことも
道理ということですよね。


あの時代に、女性が、「彫刻家を志す」ってすごいことですが、
彼女には それ以外の道はなかったとも思われ。

当時、家族の反対を振り切って彫刻家を目指すには
パラノイヤ的ではならなかった、つまり「強い性格の女」でなければ
ならなかった。そういうパラノイヤ的な性格だったから
ロダンとの別離から妄想が、つまりはパラノイヤが生まれたのであり
またパラノイヤ的な性格でなければ彼女が彫刻家を志すことはなかった…

というようなことも本書に書かれており、
何だかもう、運命よ…(>_<) という感じ。

先日、草間彌生展を観に行きまして、その時も思ったのですが
芸術家である、という運命、生み出さずにいられない運命って
どういう感じなんでしょうね…


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